かつて戦士といわれた男がいた
職業軍人だった
黒い革のブーツが痛んだので街の靴屋に修理に出した
そこの娘は線の細い可憐な女の子だった
一目ぼれだった
そのときはもちろん甲冑は着ていなかったのだが
その締まった体やうきでた血管殺し屋の目つきからするとまさか街の花屋さんには見えなかった
彼女とは二言三しか口がきけなかった
そんな不器用な彼の震えた唇を見て彼女は微笑を浮かべた
礼を言って街に出ると並木の足元に雛が横たわっていた
その傍には日の光を浴びてあざやかな紫色をした小さな判が咲いていた
梢には羽虫が羽を休めて首を左右に向けていた
街行く人たちからは頭2つ分ほど大きな男が木の根元にうずくまっているのをみて
また過ぎ去り
すぐにまた自分達の話へと戻し
記憶の隅に忘れられていった
この街はまだ戦争というものを経験したことがない若くて小さいが平和でにぎやかな街だった
靴屋の娘はまだ旦那はいないだろうか
そうだ
靴が出来上がったら
うちまで届けてくれるから
そのときにでもお茶を飲むように誘おう
なにか礼のプレゼントでも買っておいたほうが良いかもしれない
何が良いかと考えながら通りを横切っていたら
馬車にひかれそうになった
男からは乱暴な口調で怒鳴られいつもだったら喧嘩になるところだったが
なぜか幸せな気持ちだったので
すまん
とだけいって
それでも歩調はかわらず並木道から離れていった
人通りの少なくなった横道に一軒の雑貨屋があった
そんなところに似つかわしくない大きな男が現れたものだから
お店のおかみも驚いて
しかし
近所の男だとわかるとまた普通に挨拶をしてきた
珍しいねこんなところに来るなんて
とか
プレゼントかい
とか
あれこれと
考えた挙句
財布の中もちょっと心もとなかったから
マグカップにした
紫の花をあしらえたマグカップだった
自分の分の大き目のおんなじマグカップも買った
彼女は喜んでくれるだろうか?
あのブーツは相当痛んでいたから店主も難儀するだろうな
次の戦場に行くまでに
ほんのささやかな幸せの一日だった
帰ってから
自分のマグカップでお茶を飲んでみた
わるくない
そう口にだしていってみた
わるくない
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