調整せるもの。タクシーの後部でゲームウォッチにのめり込んでいた。許すもの業か許されざるものが罰、父はめったにない飲み会で車が出せないでいる。だからタクシー。ボクは適当、小奇麗な着なれない上下の半袖を着て、手ぶら。その席の母はこれといって話すことがないからか黙っている。病院へ向かっている。兄が、長兄がそこにいるとしかきかされていない。車中では2つに画面がわかれたスペースアクションを続けていた。運転手が神妙に交差点を曲がる。古い国道で路肩が荒れていたので、ことさら揺れた。ゲームウォッチをしっかり持って画面の上下に視線をはなさなかった。
ということを知ったのは、病室に入り、不自然な明るさの蛍光灯、腕に巻かれたギプスを見て気づいた。そいつはベットで上向いていた。退屈さを持て余しているのだろうか。夕食のお膳がのっていて一汁三菜のプラスチックのツルリとした盆が珍しくってしげしげみていると、母に、たべぇょ、と割り箸を渡された。常温まで冷えたひどく伸びた和そばだった。カツオと醤油の香少し。何思うでもなく平らげた。たぶん天ぷらソバだったことが汁に浮いた油でわかる。兄は上だけ食べたのだ。ずるい。母はせわしなくタオルをたたんだり、タオルを袋に入れたり、タオルを棚に並べたりしてから、帰途へ。
帰りのタクシーの中も無言、家の場所を伝える母の横で、ボクはまたゲームウォッチをはじめていた。外灯の少ない田舎道で、行きしより揺れた。タクシーの中の明かりは最低限で、細かく動く敵襲を反射的に撃ち倒す。悲鳴を上げたり弔いをすることなく、次があらわれるので倒す。公営の大きいほうの体育館がある丘を超えるあたりで、聞きなれない音楽になった。ウラ面だった。敵もあからさまに、数が増え動きも素早くなった。ボクは画面の上下から目をそらさず次々と打ち倒していった。なんの、興奮も、緊張も、無く、策略とか無縁にひたすらレーザービームを撃つのだ。数多の宇宙の塵となった敵襲への賛美もない。酷くもない。ただの異物の排除としての行為には感動も伴わない。また音楽が変わり、いつもの画面といつもの敵が「よろしいでしょうか?」ともったりとしたスピードでやって来た。もはや、敵ではなかった。その日のその時のタクシーの薄明かりの中での、ボクの集中力は、かつてないほど高まっていたからだった。
そろそろ家への登り道が信号は赤、照らされている。早々と荷物を両手に持つ母に急かされて、HI―scoreを刻むゲームウォッチを置いた。
家に着き、腹を空かせた犬に吠えられ、雑多な猫が足元に体をなすりつけてくる。猫の缶詰を8個あけて新聞の上にばらまく。犬にも同じものを、量を減らしてやる。カップうどんがちょうど出来上がる時間で、TVをみながら夕飯とする。母親は犬の散歩に出ていった。積み重ねられたものが瓦解、忘れた。タクシーの中HI―scoreを出したゲームウォッチを置いてきてしまっていたのだ。ショックではなかった。病院にいる兄が、痛いと言いながら母に瑣末なことを伝えていたのを聞いているときくらい、関心が薄かった。兄が腕を折った日の晩、失せてしまったスペースアクションのゲームウォッチはタクシーの中に置き去りにされた。集中しすぎていたんだと思う。多分。苛まれることがあるとすれば、そこに正義が確立されてからでないと、成り立たないものだ。〈了〉
wrought
by mushy12.06.27