長いモノ(小説)「むらまつり」
蒼天に駆けるペガサスだった。その想像上の生き物は凛として気高く、気品をたたえた鼻先だった。そのいく跡には光がはいり屈曲し放出されているのだった。水晶の結晶に光の筋が残った。頭上を優雅に舞うペガサス、高く嘶き誰かを祝福しているのであろうか?それにしても時々空から降ってくる黒い塊はいったいなんなのだろうかと鼻腔を突然刺激し、呻きまとわりついた臭いは、ぬぐっても酷くなる。薄暗い限られた光の中で目を開けてみる。寝袋でくるまったまま首だけ動かす。そこには毛足の短い筋張った動物の脚がみえ見上げると立派な臀部をもった馬だった。自分の枕元の鼻先に湯気を立てているのがそれだ。と、寝ぼけた悲鳴のような声が上がって寝袋で寝ていたのも忘れそんな状況から逃げようと悶え苦しみ、また、息を吸おうと鼻面だけ隙間から出たので思いっきり呼吸をすれば、なお糞くさい。生き地獄である。自分はその様子を憐れみながら寝袋やらジャケットに馬の糞がついていないことを確かめ外気を吸おうと試みる、が早朝からの喧騒で怯えている子馬とその心優しい母たちも耳を立てて歯茎をむきだして威嚇している。地べたでもんどりうっている男の頭を膝頭で挟み込み、寝袋のジッパーをまさぐって引っ張りだして開けてやった。馬糞の添い寝から逃れられた彼は未だ理解できていないシチュエーションで大きく背伸びし、それでも臭う空気で深呼吸した。馬たちも薄闇の中ででかい男がなにやら威圧的な態度にでたので、一層混乱し逃げ惑いしかしながら繋がれている太い支柱の周りに絡まって嘶いている。神々しく空を跳ねていた姿は微塵もない。馬たちの目は怯えきって血走っている。そこへ、トタンのドアが勢いよく開き一閃の朝日がたちまち溢れた「おめぇどもしずかにシレッ!!」しわがれた男の声だった。
「ぅまっこドモこんなちじこぉんまぁんなつど?」
逆光の中に現れたのは背中の曲った爺さんだった。
一頭一頭頭や体を撫でまわしながら「おら~ょおらぁ~よ」と声をかけている。成り行きでこのような事態に陥ってしまった申し訳なさからか大きな手で撫でようとする彼を「触るでねッ!!」請け合ってくれない。老人はひとしきり口の中で文句を言いながらさする。次第に馬たちも混乱から覚めてきたようだった。朝陽はフィルターを通したように白く小屋の中の土埃を照らしていた。鼻水の垂れたところに風が当たるとひんやりするが陽光は暖かくまだ醒め切っていない目蓋をもったりとあたためられて心地よい。「あにょぉ~おめえらぬっ」綱をほどきながらこちらを見ないでいう。「寝るだけだってガラん~だぁ~よすべかなぁ~つて」天井を見上げる。モゴモゴしている。勢いよくバネではじかれたように痰を吐いた。「ようするによこんな村におおぎぃ男二人だけで泊めてくだせってんもなぁ~よすべかなぁ~つてょ?」また宙、反動、痰「寝るとこだケサつて屋根と壁があればぃいつて」不意に老人は睨みあげて2人を交互にみる。その足元に痰を吐く。「もええが?寝るだけ寝たんろ?おれぁ馬ッコの世話あんどぅ、ナ、ホレ!!」今度は牧場のでかいフォークでこちらをつついてきて慌ててよけた。「イケ!イケ!忘れもんするんじゃねどっ!!」
意味を汲み取ったら急いで、それでも子馬を刺激しないように親とも目を合わせないように、散らばった荷物、剥き出しのままの寝袋や撮影機材、地図などを一纏めにして駆け出た。「おらょお~ちゃっちゃといけぇ!!」背中に聞こえる爺さんの声が野原に響いた。雲雀が飛んだ。
番組制作会社に勤めている。勤めて2年か3年だ。大きな会社の企画書を漁ってそのおこぼれにあやかっている。面倒だけどある部分さえ乗り越えたら楽に通せる企画になるものやどうしようもない屑だけど土台をテコ入れしたら体裁が整うもの、要するに誰もやらない誰もやりたがらないものの孫受け零細自転車人情仕事だ。仕事?
#2へ続
wright by青山蟲士12.05α版1.03