言語の螺旋

言語の螺旋
陰陽五行でいうところの水の流れがいいところ

2012年8月9日木曜日

雑感「固有名詞に執着しないことについて」#1


雑感「固有名詞に執着しないことについて」#1

 自分のファーストネームが読まれない。たいてい新学期になって担任が変わると名のるところからはじまる。みんな順ぐりに自分の名を名のる。五十音のはじめの子はわりあいすんなり名のる。名のりなれているのだ。授業のコマが1時間で縛られている場合が多い。そうすると、五十音の後半で時間に気をつかい、言いたいことがうまくまとめられないことが多い。ワタナベ君ならいつもどっしり構えている。なんといっても『わ行』であるし、だいたいトリを務める。ヲンバキやンナポコが教室にいない限り…。
 みんな名のりおわったヒトはのんきだ。ちゃちゃを入れたり話題の主導権をずらしたり、新しい友だちに声をかけて相性を試したりする。肉が好きか、ハレの日とくもりとアメの日ならどの天気が好きか等。集中力が切れていることが多いので、無難な挨拶を無難とし、経過を待つ。ワタナベ君を待つ。
 その中で、字面が複雑で特殊な姓名を持つと、興が惹かれる。次に声をかけるとき名前が新鮮だから、注意をもって口に出す。
 字面が平易で珍妙な名を持つと、困る。日本の場合識字率が高いうえに、Jr.制度やたくさんのサダムがいない。よくある名前であるのにその読みをしないなを持つ。と、こんな場合でも名のっていない。面倒くさいのである。一人あたま2分のスピーチを経てちゃんと名のる。趣味を言う。友だちが百人欲しいとまで言う。そしてその次の休み時間、となりの女が声をかけてくる。自転車に乗っていて猫を40匹飼っているなんて滅多にいないからだ。その上笑顔が清潔で気の効いたジョークを言える。それくらいできる。紳士的に振舞うことがわりに得意である。
 そしてそのとき
 その名を女の子が口にする。
「☆△~%君…」
と。
 読みが間違っている。やれやれ、と思う。まただ、と。また自分の名の読みを説明する。込められている意味まで言う。また猫が40匹もいる状況について説明する。猫のエサを一日40缶開けることについて詳しく述べる。
 次の日バス停で女の子と一緒になる。
「おはよう○△さん」
「おはよう☆△~%君」
あくび混じりで違う名で挨拶。
やれやれだ。また自分の名を朝から説明をしようと思う。別の友だちが来る。
「おはよう×☆さん」
「おはよう◎Z君」
またである。やれやれと思う。おかしなことに一晩を経て、珍妙な名前だあったことが誇張されて途方もない音に変化してしまっている。
平易で珍妙な名を持つことにおいては、割と傷ついてきた。個人的に付きあう女の子は一晩おきに別の名を呼び、なんとかその名を呼ぶことに馴れようとして数を言うからまた間違えられるし、そのことについて罪の意識を持ってほしくないからいちいち訂正しなくなる。そのうち噛み合わなくなって恋が終わる。立ち去り際に荷物をまとめた彼女が言う
「ありがとう、△☆%」
いい線までいっているけれども、名を違えている。実に惜しい。歩み寄りの姿勢が見えているだけに口惜しい。そんな時また、心地の好く捉えられる角度で微笑み見せて口にする。
「こちらこそありがとう*□凹」
わりと心を開いた主治医と懇親の話題をする。
「それはおもしろい見かただな□×~%君」
罪なく笑っている。まあいいかななんて思う。今さら言ってもしょうがないかなとか思う。過度に婉曲せられた新たな名のほうでいいやなんて思う。その名に染まる。
永遠を誓う関係になった女の子はさすがに間違えない。間違えても訂正をする気力が必要に迫られる。行政手続や父権をとるところで、自分の名を正確に覚えてもらわないと、大変困るからだ。

0 件のコメント: