言語の螺旋

言語の螺旋
陰陽五行でいうところの水の流れがいいところ

2010年10月31日日曜日

「君の寂しさはボクには癒せそうにない」

早くなった暮れ方にボクの部屋で2人でコタツに入って寝転んで天井をみていた

お互いにくの字型に姿勢を保ったまま手をつないでいた

サーモスタットが交流電気の性質で定期的に赤外線ハロゲンをつけたり消したりする音が聞こえていた

あとは自己主張する兄からのお下がりの型の古い冷蔵庫が薄い床板をたまにミシミシと揺らす

つまりは静謐

行為をおこなうような気持ちではないような曇天と肌寒さが口数を少なくさせていたのかもしれない

すりガラス越しの廊下には便所からの鈍い陽光が乱反射して散っていた

今日の晩御飯はどうしようか

パスタソースはあるけれどパスタは昨日食べてしまった

大学前の居酒屋にツケで呑みにいこうか

それとも冷蔵庫の中をさらえておでんでも作ろうか

それにしても煮る時間が少ないし君の大好きな煮卵を作るほどの数もない

とか考えているところだった

「歯をみがきたい」

彼女はつないだ手をそのままにこちらを向いてそういった

ボクはその言葉の中に何らかの大義命題疑問符が感じられなかったのでその言葉のままだろうと思いながらも

歯ブラシは貸し借りするものでもないし部屋には余った歯ブラシがないしここは洗面台が共同だから彼女一人で歯をみがかせることのタイミングが難しいんだと考えていた

「歯をみがきたい」

彼女はもう一度そういった

確かにそう発音された日本語だった

気持ち彼女を握った手が強く結ばれた

真意を測りかねた

またしばらく時計の秒針が刻む音が聞こえ冷蔵庫はその存在意義を示唆しコタツは安らかで人肌にはちょうどよい温度を保とうとしていた

それとともに陽光も滑らかな曲線を描き影を深めていき外に出た上半身は次第に心地よい温度から肌寒くなりつつあり気づいたことが一点

彼女の掌はそれより先に冷たくさめてしまっていたのだった

切ない沈黙を変えたのは部屋のスミの雑誌のヤマに乗せられた電話のコール音だった

出ようかどうかいつも迷うのだけれどもそのときも彼女の手の冷たさが気になりためらいが残っていたので出るのがだいぶん遅れたがそれでもその電子音は鳴り止まなかった

出た

先輩からだった

彼女に替わってくれという

無言で受話器を差し出すと彼女はあきれた目をしてこちらをみながらコタツからけだるそうに手が届く分だけ体をだして受け取った

想像するだに彼女に帰ってこいという電話かしらん



突然彼女が受話器をこちらに押し付けて体を起こしテーブルの上に広げたメモ帳やお気に入りの文庫本やら化粧ポーチやらをまとめてカバンにいれてたちあがった

もう蛍光灯をつけなくちゃぁいけないくらいの薄暗さになっていて

いかなるものかと慮っていると彼女のそれだったから

廊下に出るのが遅れた

鉄板製の角度の急な階段を今にも降りようとしているところでとりあえず持った上着にぎこちなく袖を通しながらビーチサンダルで追いついた

「もうそこの◎△郵便局まで来てるって!!」

彼女はそれも上着をもたつかせながら引っ掛けてカバンを替りに持ってあげるとヒールの靴をちゃんと履いて早足になった

頭の中は状況が飲み込めずただついていくだけだったがそもそもついていかないほうがいいんじゃぁないのかとかどんな顔をして先輩に会えばいいのかもわからなかった

着いた

もう辺りは夕闇だった息が白く浮かぶ

狭い路地に先輩の古い軽が止まってハザードランプが点滅してそこだけ明るい

そばには先輩が立っている

言葉すくなに声がかかる

彼女は振り返らずに車の助手席に乗ってドアーを閉めた

先輩に近づく

睨まれて短く恫喝された

車は去った

何だったのだろうか

おかしな成り行きもあるものだと

ゆったりと踵を返しながら

夜空を仰いだ

その星たちよりさっきのハザードランプのほうが当然ながら眩しかった

ひどくビールが呑みたくなった夜なので考えていた居酒屋に独りで行った

まったく・・・わからない

喉を過ぎる生ビールの冷たさで鼻水が出た

《了》

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