ボクにわ娘がいる
6歳か5歳だったかわ忘れた
どんな不便がおころうと
諦めずに生きつづけられるように祈って名づけた
隠れた意味でかみの祝福の意味も込めてある
もう2年ほどあっていない
スケジュールがあわないからだ
それだけでわない
一日好きに遊んで好きなものを与えられるような資金も必要だ
この寒い静かな夜に彼女は眠っていることだろう
そしてボクわ眠れずにいる夜を過ごす
自分が中心に世界が回っているように思っていると過去
にいわれたことがある
確かにボクわ偏屈でヒトよりかなり不器用で
語る言葉わ頭の中で組み立ててからしか口に出ないし
なにより独善的でヒトにさとすが好きなのだけれども
彼女は少なくともヒトに対してわ柔軟に愛されてたくましく生きつづけていって欲しいと思う
たとえば
冬の星空
掛け布団をきっちりとかけて
眠っているか
明日わ
彼女の様々な友達と遊んで何かしらの発見があるか
そこが重要だ
物書きなんてしていると当然やくざな生き方を続けているのだが
できれば彼女には理系の学習をして欲しい
文系では観念的な叙情的な情報処理しかできないが
理学に没頭して数式に囲まれた生き方をしても
ダンスもできるし
調理師にもなれる
また世の中の矛盾に翻弄されても
客観的に自己を分析できるし
これからの人間関係に苦労しても
生きていく術ということでわ理解するための
理学が身につくからだ
彼女にわ当然苦労の少ない生き方をして欲しいと思う
理系でも本は読めるし
人には優しくでくるし
愛されることも可能だ
なにより
観念的な情報処理しかできない文系よりわ
当然生きやすくなるだろうと思う
そう願っている
また近いうちあいにいきたい
のだ
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