言語の螺旋

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陰陽五行でいうところの水の流れがいいところ

2012年4月1日日曜日

小説序文「仮)マー君に捧ぐ野球哀歌」

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「おーー」
 見事な弧を描いた打球だった。外野にまばらにレジャーシートで家族がお弁当を広げている。無風の中力を失って空中でフラフラ揺れているのをみんながみあげている。その打球を売った男は小兵で固太りをしたおっさんだ。チーム全体が盛り上がるでもなくサードランナーコーチが体をほぐすついでみたいに腕を気だるく回してるのがみえる。ビールで唇を湿らせながら座ってたべない息子を左足ででていこうとするのを阻止し、奥さん連中の日傘が淡いピンク淡い黄色淡い青でくるくるまわって「だってあたしにスパンコール~」「そんなことないってあなたなんkg」「黄身が濃いのよっぜっんぜっん違う」「ゃあっ!」と甲高い声があがると旋毛が一閃とおった。ばたつくレジャーシートを抑えるもの、ベビーカートが勝手に転がったのでとりにいくもの、顔を拭うタオルを広げるもの、児童用の軟球が魔球然と変化しプラスチックのバットが空を追う、重力の起点は地軸であり摩擦により物質は滑ることなくその場にとどまる、うちの嫁が隣に座っているのも婚姻という契約以前に大自然の力に依るところが大きい。この行儀の悪い丁寧に時間をかけて物事を所作する、ということを知らないガキも(雄也ダ尊大な自然に滋味を感じて欲しいと名付けた)、力学の観点からいえば、その抗いのまま地上から離れていってしまうことだろう。グビリ「ねぇ目の中おかしいっみてょ」と長いひさしのついた帽子をとって絹の手袋をした爪先で左の睫毛をつついている。翻った帽子が邪魔で影になっていてみえない。「ぁっあっ~」「ゴミかちょっと」帽子っといいかけて妻の手をもちあげると、そこにボールが落ちてきた。
「おーー」まばらに、しかし次第に拍手が喝采となりどよめきが起きていた。なんぞしかと野球をやっている連中もこちらを振り返り、背の高い細身のセンターなんぞは小走りに白い歯をみせてやってきた。サードランナーコーチなど腕をまわすのもやめている。ホームランを打ったデブはまだゆっくりと回遊していて小さくガッツポーズをした。「ナイスキャーッねぇさん!」「ラッキーだったねーっ」「センター交代!」「浜風だったねぇ!」騒ぎ立てている連中と目が痛くてよく状況を飲み込めてない妻が「ぇ?なに?なにっ?っつぅ~」俺は四本目の発泡酒をあけて捧げもち嫁の手を引いてたちあがらせた。右手の帽子には硬球がはいっている。ガキが俺も俺もと俺の腰にまとわりついてきて片手で顔面を抑える。「チャンと座って食べるかぁらァ」「母さんだけなんで?なんでぇ~っ?」レジャーシートが始終うるさい。ホームランを打った方のキャプテンらしき髭面でサングラスの男もやってきてセンターの男の肩に手を置く。よくわかっていない妻の背を力強くなでた。「…ありがぁあっとおぉ!!」とんに会場に集っていた家族、ジョギング中のオジサン、ロシア産の毛が長くて足が立派な散歩中の紳士、とあずき色のジャージの一団の地元の女のコ、赤青黄のマダムたちみんなが、とりもなおさず喝采。「おめでとーぉ!」声のでかいライトとキャプテンがバンザイしている。「あ…っあたし?」帽子の中の硬球に気づいて短い細い腕を天に掲げて「ありがとぉぉぉっ!」彼女の右目はホコリがはいったのか逆さ睫毛か充血して涙止まらず。嫁と乾杯して蒼天お元に発泡酒をのみほしたのだだった。




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